それは、小さくて確かな衝撃

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今更と言わんばかりの無関心を装うように両手はズボンのポケットの中にいれた。 「俺、今日は…用事がある。…悪いけど行けない、から」 誰だって夢中になる恋の一つや二つくらいあるだろう。その結果がハッピーエンドだとは限らないし、いつまでも引きずっていられない。そもそもハッピーエンドって何だよって話だ。 「いいよ。忙しいんでしょ?私ね、当分はこっちでの生活になるの」 細かなところを端折っても繋がる会話は付き合いの長さだ。ふふふと喉を鳴らして笑い、空のカップを手にして数秒の上目遣いの後に静かに逸らされる目線。 「長谷くん、ミルクだけでしょ」 俺の手から空のカップを奪い、機械を操作する目の前の艶のあるダークブラウンの髪は細い肩を際立たせる。 「さ…つき」 「ん?なぁに」 手渡されたコーヒーを受け取って、迷いなくミルクや砂糖を入れ蓋をする手元をまじまじと見つめた。 「いつも最初の一口って、ちょっとだけドキドキするの」 カップを両手で持つ沙月の左手の薬指。 「沙月…」 形だけの婚姻とはいえ、必要書類は会社に提出していた俺は「既婚者」で。 俺たちの教育係の沙月も「既婚者」だった。 シンプルが選ばれるソレは、どれも似たようなデザインだから…。苦しい苦しいと涙する沙月の為に誓った証。
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