夜と傷と、【陽介目線】

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……布団だ。 ぽん、と頭に浮かんだのはそれだった。 年末、慎さんが家に泊まった時に、ベッドの譲り合いになり結局ソファに寝かせてしまう結果になった。 その時に、慎さんが気兼ねなく安心して泊まれるように布団を買おうという話になっていたのに、まだ買えず仕舞いだったのだ。 慎さんの、あの可愛い誘惑については今は考えるな。 考えるほどに、我慢が利かなくなる可能性がある。 とりあえず、一緒のベッドで寝ることだけは避けなくては。 今夜ばかりは、『我慢してみせます』とはとてもじゃないが約束できない。 帰りにホームセンターかどっかに寄って、布団を買おう。 向こうに戻ってからでもいいけど、この近辺にももしかしたらあるかもしれない。 検索してみようと携帯電話をポケットから手に顔を上げた時だった。 「お客様、何かお困りでしょうか」 と、男性従業員がすぐそばまで近寄ってくる。 「あ、いえ。すみません、ちょっと人を待ってるもんで」 その表情はにこやかだったが、若干不審に思われていたのかもしれない。 もう二時間近く、ここで頭を抱えたり貧乏ゆすりを続けていたのだ、確かに不審すぎる。
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