序章

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「そりゃ室内だけの観測ならいいけどね。君の地元は星が良く見える土地なのかい?」 「いえ全然。街の電飾でぼやけますね」 「ああ、そいつは残念だね」  天体観測は野外をメインに行われるイベント。 これは、全天を見上げる事を楽しむことが第一義なのだが、それ以外にも大きな理由も存在する。  それは天体望遠鏡の構造上の問題で、本体の温度を外気と同じにする必要があるということ。  大きな寒暖差によって、鏡筒内部の空気の偏光率が変化したり、レンズの表面に結露を生じて、観測機能を失わせてしまい、見えるものも見えなくなる。機材管理とメンテナンスには、どの天文愛好家も人一倍気を配っているらしい。  もう一点、望遠鏡の構造上、どうしても観測範囲が狭くなってしまうこと。 「…確かに、無線で離れた地点に観測データを飛ばす仕組みのものもあるけれど、それじゃわざわざ星見に来る意味がない。ある程度の知識があれば良いけれど…」 と、言うのが青年の弁。 「はは、初心者もいいところです」 「それに山地の気候は甘く見ないで欲しい。海抜は低いけれど、この辺りは日が沈むと一気に冷え込む」 「…………」 「何、そんなに畏まる必要はないよ。君が思う以上に、これからの季節、冬の星見は見事なものだし、星の知識なんて無くていい」 「………………」 「でも俺としちゃ、電線にもビルにも邪魔されない、この空を見上げてやって欲しいのさ」 青年は、オリオン座から始まる冬のダイヤモンドを諳じた後、鼻の頭を掻きながら、照れくさそうにしていた。 「もうすぐ駐車場に着く。降りる準備をしておきなよ」  どうにも彼はお節介な性分らしい。まだ、コシコシと鼻先を掻いていた。
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