序章

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   知っていたならば教えてくれても良いだろうと、ぶつくさ文句垂れる私に、彼は今夜の宿が決まってないことを確認すると、よかったらと、自分の本来の行き先に向かわないかと誘ってくれた。 「一応、小さいけれど、俺も望遠鏡を持ってるからね」 「…………」  彼の提案は実に魅力的で、私としては断る理由はない。  しかし何故、見ず知らずの人間を誘うのかという疑問に対し、その回答は少し曖昧なものだった。 「これから向かう先での出来事を、出来れば、俺以外の人間にも見たり聞いたりして欲しい」 「随分とあやふやな理由ですね」   「どうにもすまん。言って解る理由じゃない。都合が悪いなら駅まで送るよ」 「いえ、折角なのでお願いします」 「ありがとう。きっと先方も喜んでくれるさ」 再び私たちは車内に乗り込んだ。  自動車を道なりに走らせ、軽トラは山を下りて、人工林を抜けて雑木林へと入る山道へとハンドルをきると、窓ガラス越しに山の気配がグッと迫り、カッカッと、何度も車道脇から伸びた木々の枝が窓を叩いた。 「結構、奥まで入るんですね」 「そうな、ここも昔はバス停が置かれていたんだけど、何年か前に、採算が合わなくて撤退してる。 手入れのされない人工物は、加速的に老朽化が進むから、この道を通る度に過疎化の現実を嫌でも感じるよ」 「そう、なんですね」 「今回も、下草や伸びた枝が、こうして道路の方まで飛び出してるからね。里山の管理ってのはそれなりの地道さと労働力が必要になるんだよ」  日本の田舎の現状は、かなり厳しいものらしい。
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