序章

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着の身着のまま、午後二時過ぎの鈍行に乗り込んでから約二時間半。 鄙びた田舎の駅に降り立った私を出迎えたのは、西に傾く太陽と、人通りもまばらな商店街。 地元の人たちの夕飯前の支度時にお邪魔して、ポツンと駅前に立つ私に、駅前のお好み焼き屋がやたらと焦げたソースの匂いを発して自己主張していたことを覚えている。  駅からはしばらく道なりにテクテク歩き、空腹を紛らわせるため商店街の三叉路にあった肉屋で昔ながらのラード揚げコロッケを二つ三つ買い込んで、そこから更に北へと向かう。そこから川を渡って、丘の上の小学校の脇を通り抜け、田んぼと民家の点在するあぜ道を通り過ぎていく。  距離にすれば徒歩30分くらいだろうか、今度は長く曲がりくねった山道が続くようになる。  序盤はゆるゆると歩を進めていたものだが、だんだんと暮れていく山の雰囲気に押され、ふと足を止めたりもする。なにげなく仰ぎ見た夜空は、なるほど評判通り、私に馴染みのある街の明りとは比べようもない。  群青色に染め上がった東の空に、はっきりと六等星までが見渡せた。  勿論自然を楽しむその代償は大きい。  吹き始めた初冬の山風は私の身体から体温を奪い、耳の奥 がキンキンとかじかむほど容赦なく痛めつけた。つい先程通り過ぎた自販機コーナーを思い返して、何故あそこで温かな缶コーヒーを買わなかったのかと今更ながら後悔したりもする。
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