序章

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「……少し、戻ろうかな?」  別段、たいした距離ではない。  しかし、せっかく登ってきた行程を引き返すというのはなんとなく負けたような気分になる。一般開放までの時間にはまだ時間は余裕があり、のんびり歩いてもそこそこの時間につくだろう。けれども釈然としないという二律背反。  このまま戻るべきか、そのまま進むべきかを決めかね、だらだら無駄に真剣に悩む私を知ってか知らずか、ふもとの方から車のエンジン音が近づいて来るのに気が付いた。  振り向けば、爆音をたてて一台の軽トラがこちらに向かってきている。  ここに来る途中までほとんど自動車にすれ違わず、同じ登山客もいた記憶はない。この軽トラが今日はじめてのすれ違った相手になる。なにぶん山中の道路事情、道の幅は自動車一台分程度の余裕しかなく、後で知ったけれど、中間分離帯の様なものはもう少し上まで登らねば設置されていない。  車道の真ん中でやり過ごすのは難しく、私はガードレールを乗り越えて、山際の岩の上に陣取って軽トラが走り去るのを待った。
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