序章

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A青年は、この町出身だが、普段は地元を離れて大阪で暮らしているらしい。 年末年始や季節の変わり目だけ、こうして生まれ故郷に帰って来ては、知り合いの山の管理を受け持っているのだと言い、今日がたまたまその帰省の日に当たっていたようで後ろの荷台には確かに用途不明の機材が積み込まれていた。  なんとなく、私はその雑具を見て身分証代わりに納得したのを覚えている。 「―――それで、やっぱり死にに来たのかい」  この青年の的外れな推測に、私は苦笑するしかなかった。 「いえ、単に天体観測を」 「…は?観測?」  A青年が言うに、この時期、地元の人間でもないのにTシャツにパーカーを羽織っただけの軽装で入山する馬鹿はいないらしい。一般的な観光客なら自家用車や駅のタクシーを利用するものだし、熱心な写真愛好家か物好きな登山客といういでたちにも見えない。  要するに、私は彼の目には不審人物としての映ったらしい。  その証拠に、無難に言葉選びをしていた青年だったが、横目ではジロジロと私の様子をつぶさに観察していた。 「チッつまらん。心配して損した」  青年の舌打ちは冗談だった。年齢以上にシニカルな微笑みを浮かべるA青年には、不思議と害意や悪意が感じられなかった。普段何の職業についているのかと思ったが、結局この日の疑問が分かったのはもっとずっと後になってからのことで物語の本筋にはあまり関係はない。  A青年は天文台までの道すがら、私を退屈させない様に話題を振っては来たが、それも常に一定の距離感を保とうとしていた。  つかず離れず、踏み込めば逃げられた。  そんな掴み所の無い受け答えを余所に、ハンドルを右に左に、山道はどこまでも曲がりくねる。自然と車はあまり速度が上がらず、対向車や後続車両がなかったことはなによりの幸いだった。
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