序章

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「…そういえば、この山の名の由来を知ってるかい?」 車窓から夜景を見下ろす私に、A青年が、ふと思いついた様に尋ねてきた。 「否、お恥ずかしながら。そもそも山の名前自体知りません」 「ははっ、これは一本取られた。先刻からカーブが多いと感じるかも知れないけれど、これは山自体が随分と凸凹な形状をしている所為なんだ」 言われてみれば、確かに。ここまで道中、私達は何度となく左右への遠心力を感じていた。 「土地の昔話だと、なんでも、この山には大きな蛇が住み着いていたそうだ」 「爬虫類系は苦手です」 「あはは。で、昔々大蛇が大暴れをした際に、今のように手で撫でられたような奇妙な凹凸が出来上がり、この山は大撫山(おおなでさん)と呼ばれるようになったそうだ」 「…………」 「とは言え、今は昔話を話せる人間も減ったせいで、地元でもあまり知らない者もいるけどね」 「…はあ」 「まあ、実際に山を変形させる程の巨大な蛇なら、その食費だけで村の一つ二つすぐ消えてしまうから、現実的な若者には興味は無いかも知れんけどな」 「随分ぶっちゃけますね」 「いや、この話には実は続きがあるんだよ。君はヤマタノオロチの伝説を知ってるかい?」  八岐大蛇。 日本神話に登場する空想上の怪物。 その名前の通り、八つの首を持つ大きな蛇で、神話の中では、毎年若い娘を生け贄に求め、出雲の人々を苦しめる悪役として紹介されている。性格は粗暴で悪辣。近隣の村々に生贄を要求していたのだが、七年目の人身御供の日、出雲を訪れた英雄の手によって、大酒呑みの性質を逆手に取られて斬り殺される。 出雲を救った英雄の名前はスサノオノミコト。後の大国主として名を馳せ、この八岐大蛇の話は、彼の若き日の冒険譚の一つとして広く知られている。
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