旅立ち

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 長男が成長するまでは、弟にも予備としての価値がある。病や飢饉で幼子が死ぬのはありふれた事だった。だが、ミツクラとタクラは強く育った。  兄が成人し、嫁取りが決まった時、タクラは旅に出る事を宣言した。止める者は誰もいなかった。母は少し悲しそうな顔をした。タクラにとって僅かな慰めだった。  旅に出る者には、古くから村に伝わるという剣が与えられるしきたりだった。村長(むらおさ)が倉を開け、櫃に収めてある剣のうち1振りを選ぶ。 「この剣で闇を払い邪を払い、災いを退けるべし。そなたの旅が安らかであるように」  集まった村人達の前で剣が下賜される。剣の他に、水袋や食糧、夜露を凌ぐための布といった品々も贈られる。村人の大半は、死人送りの儀式と同じ気持ちでその光景を眺めていた。が、僅かながら、憧れの視線を向ける者もいた。  これは、餌だ。と、タクラは考えた。こんなものに釣られて愚かな決断をする者は、村には不要ということだ。俺もかつて、旅立つ者を尊敬の目で見ていた。そんな連中は、村で大人しく生きていけない。そういった厄介者を追い出し、村の安寧を保つ。旅とはその為の仕組みだろう。ならば利用するまでだ。  タクラは北へ向けて旅立った。別の方向へ進みたかったのだが、見送る者が居るのでやむを得ない。旅とは北を目指すものなのだ。下手な事をすると、儀式の冒涜だの、村が祟られるだの騒ぎになってしまうだろう。  丘を1つ越え、村から見えない場所に来た。そろそろだろうか? タクラは荷を下ろし、背に吊っていた剣を構え、振ってみた。杖も兼ねた槍の方が使い慣れている。しかし、剣の重みは武器として心強い。 「まったくお前は昔から察しが良くて、小憎たらしいぜ」 「アンタか」  ヒセイが木陰から現れた。他にも2人、槍を持った男たちがいた。  旅に出る前、タクラは様々な想定をした。旅の苦難に心が挫けた時、人はどうするだろうか? 命からがら村に戻ろうとするのではないか。だが、これまで旅から帰ってきた者は一人もいない。そして村の剣。何振りもは無いはずだが、旅に出る者には必ず与えられるという。  つまり、旅に出た者は始末され、剣は回収されている。それがタクラの出した結論だった。
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