後悔しても手遅れです(改稿版)

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「うん………………はぁ!?」  多少のことでは動じないはずの修一が目を見開き、声を裏返らせた。 「な、夏樹? まさかとは思うけど、ついて行ってないよな?」  修一はつい頭の中でタヌキ教頭と夏樹との濡れ場を想像しそうになった。想像しそうになったが、いくら懐の広い修一でもビジュアル的に許容できず、脳が想像するのを拒絶した。 「入り口までは連れて行かれたんだけど……偶然、会社の人が通りがかって……その、助けて……もらった」  よかった。最悪の事態にはならなかったようだ。誰だか知らないが、偶然その場に居合わせた同じ勤務先の人物に修一は心の中で手を合わせた。  すでに中学生の娘を心配する父親の心境である。 「それで? 同じ会社の人って、知ってる人なのか?」 「ううん、向こうは知ってたけど俺はよく知らない。また会社でって言われたから……」  どうも夏樹の歯切れが悪い。  だが、娘の貞操が守られたことに安堵している修一に、夏樹の微妙な感情の動きは読めなかった。 ※※※※※ 「久志さん、久志さん!」  中庭に面した廊下から母が久志のことを呼んでいる。  今日は来客があるからと午前中の英会話と午後からの経済学の家庭教師が休みになった。  よほど大切な客なのだろう、たまにしか帰ってこない父親が自宅に帰ってきている。  父に来客なら自分には直接関係はないだろうと、久志は読みかけの小説を持って、こっそり自室を抜け出した。  広い庭の茂みに身を隠しながら、裏手にある出口を目指す。  大人たちの目を盗んで、裏口から無事脱出に成功した久志は、裏口扉に凭れて大きく息をついた。  住宅地から少し離れた場所にある久志の自宅には、裏手に私有地である小高い山がある。久志は時おり今日のようにこっそり自宅を抜け出し、そこだけぽっかりと木が生えていない、お気に入りの場所でひとり本を読むのを楽しみにしていた。 「誰かいるのか?」  そこには久志しかいないはずなのに、人の気配と話し声がする。  紺野家の私有地に誰かが紛れ込んだのだろうか。久志は人の気配のする方へと足を向けた。 「おじさん、まだー?」  声の正体は幼い子供のようだ。舌足らずな喋り方から、まだ就学前だろう。 「なっちゃん、つかれちゃったよ。もうあるきたくない」 「もうちょっと頑張ろう? あと少し行くとお家があるから。お菓子も用意してあるよ」 「ほんと? ねこちゃんもいるの?」
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