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ベッドに横たわったまま、力なくそう告げる夏樹の方へ、涙と鼻水でグシャグシャになった青嶋が思わずといった風に駆け寄り、上掛けの端から見えている細い指先へ手を伸ばした。
「汚い手で私の夏樹に触らないでくれないか?」
「紺野くん」
青嶋と夏樹の間に久志が割って入る。
「夏樹が許しても、私は別だ。それ以上夏樹に近づくなら、私にも考えがある」
冷たく言い放つ久志を見て、青嶋の顔色が変わる。
久志の祖父、久蔵の豪傑ぶりは財界では有名で、自分の目的を邪魔する存在を排除するためならば、どんな冷淡な仕打ちも平気でやってのけた。
実際に、そのせいで人生をダメにしてしまった人物を青嶋も知っている。その祖父と性格がそっくりだと噂されている久志を敵に回すということは、はっきり言って自殺行為だ。
青嶋は出した手を慌てて引っ込め、夏樹から離れた。
「ほら、三郎ちゃん、私と一緒にいらっしゃい。二度と悪いことなんてしたくないって分からせてあげるわ!」
山下父は、気を失ったままの息子と、項垂れている青嶋を引きずりながら部屋から出ていった。
「……あの」
「理央くん、あなたには聞きたいことがあります。私についてきてください」
山路と理央を連れた芹澤も出ていき、部屋の中には久志と夏樹だけが残った。
「大丈夫か? 熱は?」
「――――ん」
「夏樹」
久志が夏樹の頬に手のひらを当てると、夏樹は気持ちよさそうに久志の手のひらへ頬を擦り寄せた。
おそらく無意識の行動なのだろう。普段の夏樹ならこんな甘え方はまずしない。
「カ、カメラっ! 芹澤! くそっ、何でこんな大切なときにあいつはいないんだ!」
夏樹が頬を擦り寄せている右手は絶対に動かせない。かといって、利き手ではない左手では携帯を持つ手がブレてしまい、可愛い夏樹の姿を上手く動画に納めることができない。
久志はこの時ほど自分が右利きなのを恨めしいと思ったことはなかった。
「――久志さん」
夏樹が久志の親指の付け根を甘噛みする。
「夏樹? それはわざとなのか? 私が君のことを構ってやれなかったから、その仕返しなのか?」
いくら久志でも、さすがによく知らない他人の家で夏樹にどうこうするなんて出来ない。それくらいの理性はまだ残っている。
だからといって夏樹のことを振り払うこともできず、久志が悶々と自分の理性と戦っていると、今度は久志の親指が夏樹の口に含まれた。
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