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「やっ……ん、久志さん、ダメ」
「いや、私はまだ何もしていないが」
何かしても良いのなら、こんなに悶々となどしていない。
「どうしよ……奥が……んっ、かゆい……っ、久志さん」
夏樹は久志の顔を見つめながら、自分の肩に置かれた手をきゅっと握った。それを久志の大きな手がしっかりと握り返す。
「夏樹、少しだけ我慢できるか?」
自分も限界ギリギリ状態の久志が問いかけ、夏樹はそれにコクリと頷いた。
「──あっ!」
着ぐるみのリスが、ふわりと宙に浮かぶ。
久志から軽々と横抱きにされた夏樹が、久志の首に腕を回した。
「しっかり掴まっていなさい」
不安げな顔をしている夏樹を安心させるよう、久志は余裕のある笑みを夏樹へ向けると、自宅マンションへ帰るため理央の部屋を後にした。
長年タクシーの運転手をしていると、色々と不思議な偶然に出くわすものだ。岩永はハンドルを握りながら、バックミラー越しに後部座席へ目をやった。
そこには数時間前にも岩永が運転するタクシーに乗った男が、さっきと同じ場所に座っている。
男は先ほど、大きめの箱を大切そうに膝に乗せ、ツッコミどころ満載なのにどこから突っ込めばいいのか悩む類の独り言を喋っていた。
だが今度は一人ではなく、何やら着ぐるみのようなものを着せられた少年を連れている。
「夏樹、大丈夫か? あと少し我慢してくれ」
そう言われた着ぐるみ少年は、ぐったりとしたまま荒い呼吸を繰り返すばかりで男の問いかけに答えない。
(大丈夫なんだろうか)
変に関わり合うなと頭の隅でもう一人の岩永が制止している。だが、自分の娘と変わらない年頃の子供が具合悪そうにしているのを、見過ごすなんて岩永にはできない。
岩永は頭の隅で止めろと訴えているもう一人の自分を無視して、後部座席の男に声をかけた。
「具合でも悪いんですか?」
「――ああ、ちょっとな」
男は着ぐるみ少年を見つめたまま、優しげな手つきで少年の頬を撫でている。その様子から、岩永は彼と少年との間に強い絆のようなものを感じ取った。
もしかしたら親子なのかもしれない。そうだとしたら、少年は男がかなり若い頃の子供になる。
(若いうちから苦労しているんだなあ……)
男――久志の境遇を想像する岩永の目にうっすらと涙が浮かぶ。
年のせいだろうか。岩永は最近、すっかり涙もろくなってしまっていた。
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