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「あの、夜間診療をしている病院に向かいましょうか?」
「いや、大丈夫だ。そのまま自宅へ向かう」
「はあ……」
子供は急に容態が変わることがある。今は大丈夫なようでも、深夜にいきなり高熱になることもあるのだ。
岩永が心配していることを察したのか、顔を上げた久志とミラー越しに目が合った。
「しばらくしたら落ち着くはずだ。それまでは私の手で何とかしてやりたいんだ」
「そうですか、わかりました。えっと……では、申し訳ないんですが二、三分お時間をいただいてもいいでしょうか?」
「――かまわないが?」
久志から了承を得ると、岩永はアクセルを踏む足に力を入れ、車のスピードを上げた。
「――ここは?」
「すぐに戻りますので、少し待っていただけますか?」
途中で見つけたコンビニへ入ると、岩永は後ろを振り返りながらシートベルトを外した。
「構わないが……店に入るなら、コーヒーゼリーを買ってきてくれないか? 代金は後で払う」
「コーヒーゼリー、ですか」
「ああ。夏樹の好物なんだ。元気になったら食べさせてやりたい」
着ぐるみ少年は夏樹という名前らしい。
(子供が元気になったら食べさせたいだなんて、いい父親なんだな)
岩永の中では久志と夏樹の関係は親子ということで落ち着いたようだ。
「わかりました。お父さんは? 欲しいものはありますか? 一緒に買ってきますよ」
「――父? いや、分からないが、特に欲しいものはないと思う」
「そうですか。では、行ってきますので」
そう言うと、岩永はコンビニへと駆け込んでいった。
「父? あの運転手は父の知り合いなのか?」
早々に買い物を終わらせてレジに並んでいる岩永のことを、タクシーの中から眺めながら久志は首を傾げた。
「久志さん」
「ん、どうした? 気分が悪くなってきたのか?」
「熱い、熱いです……これ……脱がせて……」
「夏樹」
久志にもたれかかった夏樹が、喘ぎながら着ぐるみの胸元を引っ張った。
「久志さん……熱い……っ」
「夏樹、もうちょっと我慢してくれ」
脱がせて欲しいと夏樹は訴えているが、こんなところで肌を晒させるわけにはいかない。どこで誰が見ているかもわからないのに、また変な輩に目でもつけられたら大変だ。
「夏樹」
「熱が上がってきたみたいですね、これを」
コンビニから戻ってきた岩永が冷却シートを差し出した。
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