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自分の危機に駆けつけてくれたことへ、まだきちんと感謝の言葉も告げていないのに、よりによって嫌いだなんて。
(……どうしよう……久志さん、絶対に呆れたよな。もう俺のことなんて嫌になったかもしれない)
顔を押し付けた布団に、ジワリと浮かんだ涙が吸い込まれていく。
出会いも中身も最悪な男なのに、どうしてこんなに好きになってしまったんだろう。
「ううーっ、久志さん……ごめっ、ごめんなさい……っ」
布団の中からいくら謝ったところで、本当に伝えたい相手はここにいない。
だが、ごめんなさいと口にしていないと、ますます久志から愛想をつかされてしまうような気がして、夏樹は抱きしめた枕に顔を埋めて謝罪の言葉を何度も繰り返した。
布団の中に包まったまま、夏樹は泣き疲れて眠ってしまったようだ。
赤ん坊をあやすようなトントンというリズミカルな振動が、布団越しに夏樹の背中へ伝わる。
「ん……」
暖かくて柔らかな布団の感触と背中に感じる優しい振動に、夏樹は枕を抱きしめたままゆっくりと瞼を開いた。
「――――ん?」
まだ半分ほどしか開いていない目を擦りながら、夏樹がもぞもぞと布団から顔を出す。
「おはようございます」
人の気配がする方へ夏樹が顔を向けると、ベッドの端に腰を下ろした芹澤が優しげな眼差しで夏樹のことを見つめていた。
「芹澤さん? おはよう、ございます……」
「よく寝ていたようですね。気分は?」
「大丈夫です……あの、今何時ですか?」
「もうすぐ四時になります」
「えっ? 芹澤さん、仕事は?」
まさか夏樹のために芹澤は早退したのだろうか。
芹澤のことだから抜かりはないだろうが、それでも夏樹は心配になってしまった。
そんな夏樹の心を見透かしたように芹澤が微笑む。
「大丈夫ですよ。肝心の上司が朝から全く使い物にならないので、時間が空いたんです。しばらくしたらまた戻りますので」
「えっ……久志さん、具合が悪いんですか?」
「いいえ? 一晩中、松本くんのことを見守っていたなんて信じられないくらい元気ですよ。本当に、あの体力はどこからくるんでしょうね」
芹澤は目線を天井に向け、呆れたように大きく息を吐き出した。
「あの」
「松本くん。あの人が幼馴染で、私にとって弟のように思っている存在だから言うんじゃありませんが、どうか久志さんのことを嫌わないであげてくれませんか?」
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