後悔しても手遅れです(改稿版)

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 昼下がりの社員食堂。  営業課の今村修一(いまむらしゅういち)は今、目の前で繰り広げられている光景にどうコメントしたら良いものか頭を悩ませていた。 「口の端にソースがついているぞ」 「え? ああ、もう……だからいいですって。自分で出来ますから」 「照れているのか? 結構可愛いところもあるんだな」 「照れてません!」  修一の同僚である松本夏樹(まつもとなつき)の口の端についたハンバーグのデミグラスソースを、眼鏡をかけた長身の男がテーブルに備え付けてある紙ナプキンで拭っている。 ――――膝の上に乗せて。  オフィス用の事務機器の開発から販売、リースをはじめ、最近では若い女性向けのちょっとした文房具まで展開している、大手事務メーカーの『KONNO』に入社して今年で三年目。  修一の見間違いでなければ、同僚を膝の上に乗せている男は三年前に自分が入社した会社の会長の孫であり取締役の紺野久志(こんのひさし)だ。  一方、修一の同僚の夏樹は小柄で童顔、ふわふわの天然パーマにくるりとした紅茶色の瞳の可愛らしい容姿をしており、どう見繕っても二十代半ばの成人男性にはとてもじゃないが思えない。  久志の膝の上に違和感なく収まってはいるが、普通に考えて日常的な光景でないのは確かだ。 「あの、二人はいったい何をして……?」  修一が恐る恐る尋ねてみた。  やはり気になるのだろう、二人と修一の座るテーブルを遠巻きにしている他の社員らが耳をそばだてている。 「私と夏樹は付き合っている。だから一緒に昼食をとっているのだが?」 「はあ。ええっと、あの……」  何を当たり前のことを聞くのかと、久志から呆れたように返された修一が次の言葉を探していると、それまでおとなしく久志の膝の上でハンバーグセットを食べていた夏樹がテーブルを乗り越えて修一のネクタイを掴み、自分の方へ引き寄せた。 「違うぞ」 「へ?」 「違うから」  修一の間近に迫っている夏樹の顔は、笑顔を形作っているが目が全く笑っていない。 「俺とこの人は付き合っていないから」  一応、周りを気にしているのか小声だが、夏樹はきっぱりと言いきった。 「え? でも、取締役は付き合ってるって……」 「違う! 俺は……っ」  夏樹と修一の二人がテーブル上で顔を付き合わせてこそこそと喋っていると、久志がおもむろに夏樹の腕を掴んで修一から引き剥がした。
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