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「な、なっ……紺野さん、何っ!?」
「さっさと食べてしまわないと冷めてしまうぞ」
「……ひっ!」
久志が夏樹の後ろから腰に手を回して自分の方へ体を引き寄せ、耳元に唇を寄せる。
突然のことに驚いた夏樹は体を硬直させ、顔を真っ赤にさせながら両耳を塞ぐと久志から離れようと体を捩った。
「それに紺野さんじゃなくて久志だ。そう呼ぶように言っただろう?」
久志が夏樹の手首を掴んで耳から剥がし、その耳許へもう一度囁きかけた。耳に直接送り込まれる腰に響く低音に、夏樹はすっかり涙目になってしまっている。
「こっ、こっ、こんの……さっ」
「久志」
「ひっ! ひさ……し、さ……んっ」
「うん、何?」
「あの……っ、やめ……てっ」
真っ赤になりながら、必死に久志の腕から逃れようと体を捩る夏樹。そんな夏樹を久志が目を細めて楽しげに眺めている。
夏樹は付き合っていないと言っていたが、修一にはどうみても二人がいちゃいちゃとじゃれ合っているようにしか見えない。
なんだか食欲が失せてしまった修一は目の前の二人からさりげなく目を背けると、黙ってテーブルに箸を置いた。
「専務、そろそろお時間です」
三人が座っているテーブルの側で気配を消して控えていた久志の秘書の芹澤が声をかける。
「ああ、もうそんな時間か。芹澤、この後の予定は?」
「はい。この後は十四時からグループ企業との打ち合わせ、十八時から青木商事の青木様との会食となっております」
「そうか……それじゃあ、今日はもうここに戻ることは出来ないようだな」
そう言うと久志は夏樹の脇に手を差し込み、膝の上からひょいと隣の椅子へ小柄な体を下ろした。
「残念だが仕事だ。君に寂しい思いをさせてしまうが仕方がない」
久志が夏樹の顎へ手をかけ上を向かせる。
「…………」
「どうした? 拗ねているのか?」
「だっ、誰が拗ねてなんか」
「あとで連絡する」
「…………ひっ」
必死で顔を背けている夏樹の頬に久志は軽く唇を付けると、颯爽と社員食堂を出ていった。
後には真っ赤な顔で片頬を押さえる夏樹と、修一をはじめ現場を目撃した数人の社員らが呆然とした様子で久志の背中を見送っていた。
※※※※※
その日は目覚ましのアラームが鳴る前にスッキリと目覚め、朝のテレビの星占いが一位になっていた。
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