後悔しても手遅れです(改稿版)

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「夏樹、何?」  眼鏡の奥の瞳をゆっくりと細めた久志が、夏樹のズボンの中に入れた手を意味深に動かしながら訊ねる。 「や……あ、あ」 「ほら、言いたいことがあったんだろう?」  微妙に強弱をつけながら夏樹のことを追い上げる手は、達する一歩手前まで導いてくれるのに、絶妙な力加減でそれ以上の高みに昇らせてはくれない。  ジリジリと焦らされ、もうダメだと根をあげた夏樹が自分から久志の手へ腰を擦り付けようとした時、今度は久志の携帯が鳴った。  部屋のインターホンは相手にしなかったのに、携帯の着信音が聞こえた途端、久志の手の動きが止まる。 「久志、さん?」  どうしようもない状態で愛撫の手を止められた夏樹が、戸惑ったように久志のことを見つめた。  夏樹本人に自覚はないが、上気し薔薇色に染まった頬や、キスの余韻で濡れた唇は目の前の男を誘っているようにしか見えない。  その上、涙で潤んだ黒目がちの瞳で見つめてくる様は、ノーマルな男でさえ思わずかぶりつきたくなってしまうほどの色を湛えている。  そんな夏樹の姿を見た久志は、小さく舌打ちすると「ちょっと待っていなさい」と言って、名残惜しそうに夏樹のズボンから手を抜いた。  久志がリビングのテーブルに置いてある携帯を取る。 「ああ。それで? そうか……え?」 『…………』 「いや、家にいるが。それじゃあさっきのはお前か」 『…………』 「わかっていた? ならどうして電話なんかかけてくるんだ」  仕事関係の電話ではないようだが、久志の口調から電話の相手とはそこそこ親しい間柄のようだ。  夏樹はダイニングの椅子に体を預けるようにして、気だるげに久志の声を聞いていた。  煽るだけ煽っておきながら「ちょっと待っていなさい」とはひどい話だ。だが、電話中の久志を置いて独りトイレに籠るのも何だか虚しい。  それに、夏樹には今の状態でひとりでトイレまで歩いて行ける自信がなかった。体の中にこもった熱を少し冷ましてからでないと、ちょっとの刺激で粗相をしてしまいそうなのだ。 「だから今は取り込み中だと言っているだろう」  普段は悔しいくらい落ち着いている久志が、珍しく苛立った声をあげている。 「久志さん、かっこいい……」  苛立つ久志の様子に夏樹がうっとりとした目を向けた。  完全に色ボケしている。
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