後悔しても手遅れです(改稿版)

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 久志からの指示というところが少し引っ掛かるが、上司からの命令なら仕方がない。夏樹は山路から渡された箱をとりあえず開けてみた。 「何ですかこれ」 「夏樹? どうした」  キーボードの箱を開けて目を見開いた夏樹が、続いてマウスの箱も開ける。 「――どんぐり?」 「何だこれ。マウス型どんぐり?」 「違うでしょう、山路くん。どんぐり型マウスです。話には聞いていましたが、私も実物を初めて見ました。さすが専務です、松本くんのイメージにぴったりですね」  山路がマウス型どんぐりと言ったのも頷ける。箱の中には妙にリアルな、縦半分に切った形の巨大などんぐりが入っていた。  ちなみにキーボードは丸太をイメージした木目調だ。木目調とは言っても、リアルなどんぐりとは違い絵本の中に出てきそうなポップなものだ。 「夏樹、よかったな。これだったら今使っている葉っぱのマウスパッドにも合うぞ」 「はあ……」  はっきり言って嬉しくない。他の秘書課の人たちに配られたものはシャープな洗練されたデザインのものなのに、なぜ自分はどんぐり。 「あの、俺ってどんぐりっぽいんですか?」  夏樹をイメージしたということは、自分は他からどんぐりのように丸っこい人間だと思われているのだろう。丸いというより、どちらかと言えば痩せている方だと思うのだが。 「そうですね。松本くんはどんぐりそのものではなくて、どんぐりを持っているイメージですね」 「夏樹、ちょっとマウスを両手で持ってみろ」 「……はい。こうですか?」 「もうちょっと上。顎の下あたりがいいですね」  夏樹がどんぐり型マウスを両手で持ち、こてんと首を傾げた。同時に部屋のあちこちから携帯のシャッター音があがる。 「なっちゃ……松本くん、素晴らしいです。リアルな質感までこだわっただけあって、実際に松本くんが手にするとこれ以上ないくらいしっくりきますね」  よくわからないが誉められてはいるようだ。 「このマウス、芹澤さんが言う通り触った感じも本物のどんぐりみたいです。でも、キーボードがあまりリアルな感じではないので、ちょっと合わない気がします」 「確かにそうだな。マウスが写真ならキーボードは絵本か」 「なるほど。デザイン部にその旨、報告しておきましょう。今日のところはそれを使ってください」  キーボードとマウスをそれぞれ試作品に付け替える。
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