後悔しても手遅れです(改稿版)

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 今まで使っていたものはまとめて空き机に置いておくように言われたが、夏樹は営業課のみんなから貰った、てんとう虫型のマウスは机の引き出しに入れておくことにした。 「松本くん、すみません」 「はい」 「その今まで使っていたてんとう虫のマウスをちょっと見せてもらってもいいですか? 形が面白いのでデザイン部へ見せたいのですが」 「あ、はい。どうぞ」 「ありがとうございます。ちょっとお借りしますね。あとでちゃんとお返ししますので」  芹澤は夏樹からてんとう虫型マウスを受けとると、そのまま部屋を出ていった。 「これか」  久志が小ぶりなボタン電池のようなものをつまみ上げた。 「はい。松本くんのマウスの中にうまく隠してありました。電源の入ったパソコンに接続していないと作動しないようですね」 「なるほど。それなら電池交換の必要もないか」  夏樹から預かったてんとう虫型マウスを、芹澤は中身を確認した後、デザイン部ではなく久志の執務室へと持って来ていた。 「全く、悪知恵だけはよく働きますね。手先も器用ですし、その辺りをもっと有意義に使えばいいものを……」 「有意義に使えないから、ダメなままなんだろうな。仕事も人任せだし。ところで夏樹の部屋の方はどうなってる?」 「先日侵入して以降は、見かけていませんね。一応、松本くんと一緒に部屋の中を調べてみましたが、いくつか物が移動されていただけで、盗まれた形跡はありませんでした」 「盗聴器は?」 「そちらもありませんでした」  芹澤からの報告を聞きながら、久志がてんとう虫型のマウスを手に取る。 「それなら、あいつは何しに夏樹の部屋に行ったんだろうな」 「そうですね。相手の目的がわからないと、こちらも動きづらいですね」 「とりあえず、今後も夏樹の周辺は目を光らせておくように」 「わかりました」  報告は終わりとばかりに、芹澤がテーブルの上に広げていた資料を片付け始める。 「芹澤」 「はい?」 「夏樹は喜んでいたか?」  ソファに深く腰掛けた久志が、長い足を組み替えながら芹澤に問いかけた。 「喜ぶ……松本くんが? 何をですか?」 「あれだよ。お前に預けただろう、夏樹用に特注した」 「ああ、久志さんがてんとう虫に張り合って作らせたどんぐりですね」 「何か引っ掛かる言い方だな。まあいい、夏樹は喜んでいたのか?」  まとめた書類を封筒にしまいながら、芹澤がちらりと久志のことを見る。
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