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「紺野さん、いらっしゃいませ。それと久しぶりだな芳美」
「久しぶりですね。野添(のぞえ)くん」
「野添くんだなんて他人行儀だな、芳美。もう俺のことを名前では呼んでくれないのか?」
野添と呼ばれた男が芹澤の肩へ親しげに腕を回した。
「誰が、いつ、あなたのことを名前で呼んだことがありましたか? 野添くん、一部の人たちに誤解を与えるような言い方はやめてください」
肩に回された腕を芹澤が鬱陶しそうに払い除ける。芹澤の態度を野添は気にした様子もなく、へらへらと笑っている。
「ところで先日注文していたものは?」
「すみません、そうでした。今お持ちします」
久志の声に野添はそれまでのふざけたような笑みを引っ込め、別室へと消えた。
「――久志さん」
「なんだ?」
「午後の予定をキャンセルしてまでどこへ行くのかと思えば、なぜよりによって野添なんかの所なんですか」
不機嫌さを隠そうともせず、芹澤が久志に詰め寄る。
「マウスを作った時、それに合う衣装を夏樹に着せたくなったんだ。私のイメージ通りに作るなら野添くんに頼むのが一番だ。大体、私に彼を紹介したのは芹澤じゃないか」
確かに野添を久志に紹介したのは芹澤だ。久志から言われていることが事実なだけに芹澤が口を噤む。
野添は芹澤の学生時代からの知り合いだ。大学に入学して間もなく、いきなり野添から自分の理想どうりの容姿をもつ人間に出会えたと迫られ、それ以来ずっと付きまとわれている。
野添本人は芹澤のことを特別な人だと昔から言っているが、芹澤にしてみれば、どこか得体のしれない雰囲気を持つ野添にはただの知り合い以上の付き合いはしたくないのだ。
「最近やっと彼からの連絡が減ってきたというのに」
正確には減ったのではない。
久志はその筋では有名なフィギュアの造形作家である野添に頼みをきいてもらうかわりに、彼へ芹澤の情報を流していた。そのせいで野添から芹澤への接触の機会が減っていたのだ。
ばれた後の芹澤を想像すると恐ろしいので、この事は絶対に芹澤へ知られてはいけない。
「すみません、お待たせしました」
別室へ行っていた野添が何やら大きな箱を抱えて戻ってきた。
「こちらが、先日紺野さんからご注文頂いていたものです。まだ仮縫い段階で申し訳ないのですが」
そう言って、野添は抱えていた箱を部屋の中央にある作業台の上に置いた。
「開けても?」
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