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「三名だろ。芹澤が抜けている」
「私は結構です。どうせなら松本くんもご一緒してはどうですか?」
「いや、夏樹はいい。この衣装のことは夏樹に内緒にしておきたいからな。夏樹の驚く顔が楽しみだ」
そりゃあ驚くだろう。別の意味で。
「芹澤、遠慮はするな。三名で予約を」
「いえ、遠慮はしてないで……」
「芹澤」
「…………はい」
半ば久志に押しきられる形で、芹澤は三名分の予約を入れた。
「松本くんに、帰りが遅くなると連絡を入れておきましょうか?」
「すまない、頼む。ちょっと耳の微調整で手が離せないんだ――あ、野添くん、右耳は少し垂れた感じで……」
茶色い人型毛布を広げている野添から数歩離れた位置で、久志が指示を出している。その様子を横目で見ながら芹澤は夏樹の携帯に連絡を入れた。
『はい』
「松本くんですか?」
『芹澤さん。どうかしましたか?』
「久志さんですが、今日は遅くなるので食事は不要とのことです」
『――えっ? ああ、食べてこられるんですね。わかりました』
「それと、この分だと今日は帰れないかもしれませんね」
『……はあ』
「私の知人と妙に気が合うようでして……全く、耳の大きさなんてどうでもいいのに」
携帯を耳に当てたまま芹澤が久志らの様子をちらりと見た。
『――耳?』
「いえ、こっちの話です……あ、ちょっと久志さん! 何をやっているんですか! いくら可愛いからって……」
『…………』
「すみません、そういうことですので。また連絡をします」
夏樹が何か言う間もなく、通話は切れてしまった。
「――可愛い?」
いくら可愛いからって、と芹澤は言っていた。可愛い相手に久志が何かをして、それを芹澤が注意していたらしい。
「可愛い相手と気が合って……今日は帰れないん、だ……」
等身大夏樹フィギュアに着せたリスの着ぐるみ姿があまりに可愛らしすぎて、それに思わず抱きついた久志を芹澤が注意していたなんて、携帯越しの夏樹にはわからない。
自分を好きだと言いながら、久志は気が合った相手と朝まで一緒に過ごすらしい。
芹澤から告げられた内容に、夏樹は携帯を持ったまま、ただ呆然とするしかなかった。
夏樹が帰宅すると、先に帰っているはずの久志はまだ戻っていなかった。夕食は出来たての方が美味しいだろうと、ジャガイモとベーコンの下ごしらえを済ませて、あとは卵で包むだけにしてある。
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