後悔しても手遅れです(改稿版)

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 以前山下が料理はしないと言っていた通りキッチンには調理器具などは見当たらず、コンロの上にケトルがひとつ乗っているだけだ。 「そこに座って。楽にしててよ」 「ありがとう」  リビングの中央に据えられた二人がけのソファに夏樹が腰をおろす。  山下は散らかっていると言っていたが全くそんなことはない。むしろ部屋の中には必要最低限のものしかなく、殺風景なくらいだ。  リビングにあるのはソファとテーブル、それにテレビのみ。夏樹はソファに座ったままぐるりと部屋の中を見渡してみたが、収納家具なども見当たらない。 「どうかした?」  ふいに頭上から聞こえた声に夏樹が顔を上げると、いつの間に戻っていたのかソファに座る夏樹の正面に山下が立っており、夏樹のことを上から見下ろしている。 「――いや、散らかってるって言ってたけど、全然片付いてるなって思って」 「ああ……実は結構忙しくて、まだ引っ越し荷物を片付けてないんだ。ほとんどがまだ箱の中に入ったままで、あっちの部屋に置いてある」  そう言って、山下が玄関右手の部屋を指差す。 「そうなんだ。修一も言ってたけど、山下って最近、すごく頑張ってるんだってね。今月もまた新規の契約が取れたんだろ?」  夏樹からすごいねと見つめられた山下が、そんなことないよと目を逸らせた。 「俺、山下ってほんとに頑張ってると思うよ。途中入社でわからないこともたくさんあるのに、ちゃんと成績も残してるし。俺も秘書課に移って頑張ってはいるんだけど、まだまだ役に立ててなくて……山下みたいに仕事が出来るのって本当、憧れる」  営業課から秘書課へ移って、右も左もわからない状態を経験した夏樹には山下の大変さが痛いほどわかる。夏樹は本心から山下へそう伝えた。 「……お茶、入れるよ」  他人から褒められることに慣れていないのだろうか、夏樹からかけられる言葉から逃れるように山下はキッチンへと引っ込んでしまった。  リビングのソファから見えた山下の背中が、照れているのだろうか夏樹には少し丸くなっているように感じた。 「ねぇ、修一は何時ごろ来るの?」  夏樹が山下の背中へ話しかける。 「もうじき来るはずなんだけど……遅いよね。ちょっと電話してみるよ」  山下は夏樹の前にあるテーブルへペットボトルのお茶を置くと、携帯を手に取り、キッチンへと戻った。
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