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「……今村くん? 山下だけど。今日うちに来るって言ってたけど、遅いから電話してみたんだ……あ、いや……うん……そう、なんだ」
キッチンで修一に電話をする山下を、夏樹がリビングから眺めている。
「大丈夫だよ。松本くんも来てるんだけど……わかった、うん。それじゃあ、また」
「修一は何て?」
「何か、会社に忘れ物をしたんだって。取りに戻ったら遅くなるから、今日は来れそうにないって」
「そうなんだ。それなら仕方ないか」
「松本くん、ご飯どうする? 今村くんが来てから何か取ろうかと思ってたんだけど」
携帯を耳から離した山下が、申し訳なさそうに夏樹の方へ顔を向けた。
「久しぶりに修一ともゆっくり話したかったんだけど。それなら今日は俺も帰ろうかな」
「松本くん」
「山下と話せて楽しかったよ。ご飯はまた今度、修一も誘って三人で食べようよ」
夏樹がソファから立ち上がった。
「松本くん」
夏樹のことを引き留めるように、山下の手が夏樹の二の腕を掴んだ。いきなり伸びてきた手に、避ける間もなく腕を掴まれた夏樹が身を竦める。
「あの……今日は、ありがとう」
「山下?」
どこか必死ささえ感じる山下の様子に気圧されるように、一度立ち上がった夏樹が再度ソファへと腰を落とした。
「僕、今まであまり褒められたことがなくて、松本くんに凄いって言われてすごく嬉しかった……」
「あ……そう、なんだ」
「だから、だからまた、松本くんから凄いねって言われるように頑張るから!」
「――うん、頑張って」
ソファへ座る夏樹にのし掛かる勢いで迫る山下から、必死で体を引く夏樹。
それでも夏樹が何とか「頑張って」と伝えると、山下は本当に嬉しそうな顔をして、大きく頷いた。
※※※※※
「夏樹、営業の山下くんの話は聞いたか?」
「山下ですか? いえ、特には」
「今月の新規契約、営業課の中で断トツでトップだったそうだ――はい、これ変更分」
プリンターから出てきた用紙を山路が夏樹へ手渡す。
夏樹は渡された用紙へ目を通し顔を上げた。
「新幹線の変更はどうしますか?」
「ついでにしておいて貰うと助かる」
「わかりました、俺やっときます」
いそいそと自分の席へ戻り、山路から渡された出張計画表を確認しながら、夏樹がインターネットで乗車便の変更をする。変更完了のメールを確認し、山路へ報告した。
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