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「――ところで、何で山路さんが山下のこと知ってたんですか?」
「さっき総務に寄ったんだけど、結構噂になってた。それに今度の専務の出張も山下くんが同行することになったし」
「え? この一名追加って山下のことだったんですか?」
夏樹は改めて出張計画表を見直した。
計画表には同行者として営業課から二名とだけあり、誰が行くのかは記入されていない。
「今回の関西行きは専務と先方の都合で日程が変わったんだが、そうすると同行するはずだった営業の予定と合わなくなってな。それで山下が代理で行くことになったんだよ」
「はあ……」
課でトップの営業成績に、代理とはいえ役員の出張への同行。入社して半年足らずだというのに素晴らしい活躍ぶりだ。
「山下、本当に凄いな……それに比べると俺なんかまだまだだな」
夏樹と山下は年齢もそれほど変わらなかったはずだ。
仕事だけではない。普段から落ち着いていて人当たりのよい山下に対して、落ち着きなくふわふわしている自分。
山下と張り合うつもりはないが、やはり男としては少々悔しく思うところもある。
「夏樹、どうした」
突然静かになった夏樹の頭に山路の大きな手が乗る。
「いえ、山下ってすごいなあと思って」
「夏樹もすごいぞ」
「――え?」
頭に手を乗せられたまま夏樹が顔を上げると、少し高い位置から山路が目を細めていた。
「お前はみんなから好かれているじゃないか」
「そんなこと……」
「そんなことあるよ。どんなに良いヤツでも何人かは必ず苦手に思っているもんだ。だけど俺が知っている限り、夏樹のことを悪く言ったり苦手だと言ったりしてるのを聞いたことがない」
戸惑う夏樹の頭を山路がくしゃくしゃと掻き回す。
「人から好かれることも、りっぱな才能なんだ。俺はもっと自信をもってもいいと思うけど?」
「山路さん」
結局、朝になっても久志は帰ってこなかった。朝早くに久志の着替えを取りに来た芹澤から、そのまま出社することを聞かされただけで久志と直接連絡はとっていない。
可愛らしくて気の合う誰かと朝まで一緒に過ごしたらしい久志に、何を話せばいいのかわからなくて、夏樹から連絡できなかったというのもあるが。
久志が帰ってこなかったことで落ち込む一方、夏樹は心の片隅でホッと安堵もしていた。普段と変わらない調子で久志が家に帰ってきても、夏樹にはいつも通りにしていられる自信がなかったからだ。
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