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「――ん? どうかしたか?」
頼もしい先輩に、つい弱音を吐きそうになった夏樹を山路が覗き込む。
本当は心の中のモヤモヤしたものを全部ぶちまけてスッキリしてしまいたかったが、気を使ってくれている山路にこれ以上心配や迷惑をかけたくない。
喉まで出かかった愚痴を夏樹はぐっと飲み込んで、山路へ笑顔を向けた。ちゃんと笑えているはずだ。
「いえ……何でもないです」
あれだけ毎日のように好きだ好きだと言われて、久志が夏樹以外の誰かへ少しでも心を動かすなんて思ってもいなかった。
所詮、久志は自分みたいな何の取り柄もない小柄な男が珍しかっただけなのかもしれない。
おまけに同年代の山下の仕事ぶりを目の当たりにして、さすがの夏樹も二十四年の人生の中でワーストスリーに入るくらいに気分が落ち込んでしまった。
大丈夫と言いながら気丈に振舞う夏樹の頭を、小さな子供にするように山路がぐりぐりとやや乱暴に撫でる。
「少なくとも俺は夏樹と一緒に働けるようになって、お前の働きぶりにはとても助かっているし、感心している」
「山路さん……ありがとう、ございます」
どれだけ我慢していても、どうしても溢れてしまう涙で大きな瞳が潤んでくる。
山路は夏樹が落ち着くまで、小さな頭を乱暴に撫でてくれた。
「何か、すみません」
心配とか迷惑とかかけたくなかったのに、結局夏樹は山路の優しさに甘えてしまった。
「気にすんなって。新しい環境で夏樹は本当に頑張ってると思うよ。たまには息抜きしないとな」
「……はい」
最後にもう一度、山路は夏樹の頭をくしゃりとかき混ぜると、夏樹のためにコーヒーを淹れてくれた。
ミルクと砂糖がたっぷり入ったコーヒーが、卑屈になって小さくなっていた夏樹の心をゆっくりと解かす。
「さあ、もう少し頑張ろうか」
「はい」
今度は明るい声で返事を返すことができた。
詳しいことを山路に打ち明けることはできなかったが、いく分心が軽くなった夏樹は、気持ちを切り替えて仕事に取り組むことができた。
※※※※※
「松本くん、ちょっといいですか?」
「はい」
芹澤に呼ばれて夏樹が顔をあげた。
「専務なのですが、昨日の方とちょっと込み入ったことになりまして、明後日の出張まで帰宅できそうにありません。恐らく出張へもそのまま行くことになりそうなので、先にお伝えしておきますね」
「……はあ」
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