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「失礼しました――松本くん?」
「あ、はいっ!」
「そういう訳ですので。専務の着替えの方、お願いしますね」
そう言うと、芹澤は忙しそうに自分の机に戻って行った。久志が予定時刻より遅れそうなので、今後の予定を調整しないといけないのだろう。
うっかり久志と芹澤との電話のやり取りを聞いてしまい、またもや夏樹の気分が下降の一途をたどる。
(相手の人は可愛いだけではなくて、芹澤さんが認めるほど有能な人なんだ……)
もうこれは、とてもじゃないが太刀打ちできないなあと、失恋の記録更新が確定的になったことに夏樹はやるせない気持ちになってしまった。
※※※※※
久志はもちろん、久志と行動を共にしている芹澤もいない。夏樹は今日も山路に自宅まで送ってもらった。
「山路さん、ご飯食べて行ってください」
「ありがとう。それじゃあ遠慮なく。夏樹のご飯は美味しいから、実はちょっと楽しみにしてるんだ」
玄関先で夏樹から夕食の招待を受けた山路がそう答えると、夏樹が嬉しそうな顔を見せる。
夏樹の作る食事が美味しくて、山路がそれを楽しみにしているのは本当だ。だが、実は出来るだけ夏樹を一人きりにしないようにと山路は芹澤から言付かっていた。
最近、何かと忙しい久志に放っておかれることが多くなり、元気のない夏樹を芹澤なりに心配しての配慮だ。
「今日は中華に挑戦してみようと思ってるんです」
「それは楽しみだな。何を作ってくれるんだ?」
「内緒です」
えへへと照れ笑いをする夏樹が、山路の年長になる甥っ子の健太の姿と重なる。
山路のことが大好きな健太は、ちょっとしたことで山路が褒めると、今の夏樹のように照れ笑いを見せるのだ。
あと十数年もすると、健太も夏樹のようになるのかなあと可愛い甥っ子に山路が想いを馳せていると、鞄の中から携帯の着信音が聞こえた。
「はい……ああ、どうした?」
最初は穏やかに話していたが、会話が進むにつれ山路の口調がだんだんと切羽詰まったものになる。何かあったのだろうか、夏樹は黙って山路の電話が終わるのを待った。
「……わかった。それじゃあ」
通話を終えた山路が携帯を鞄に入れる。
「どうかしたんですか?」
「夏樹、悪いんだが今日はこのまま帰ってもいいかな」
「それは大丈夫ですが……」
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