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「実は甥っ子の具合が悪くて、今救急車を呼んでいるそうなんだ。弟がちょうど出張中で、近くに住んでる身内が俺だけで……」
「山路さん! 今すぐ行ってください!」
山路が言い終わる前に夏樹は声をあげていた。
夏樹は両親に自分の性指向を打ち明けてはいない。幸い夏樹の両親は夏樹にいい子がいたら紹介しろだとか、結婚はまだなのかと聞いてはこない。恐らく恋愛方面にとても奥手な夏樹をそっと見守っていてくれてのことだろうが、たまにそんな両親のことを思うと申し訳なさでいっぱいになる。
将来孫の顔を両親に見せてやることができない夏樹にとって、家族の繋がりというのはとても切実だ。
ましてや山路が甥っ子をとても可愛がっていることを、夏樹はよく知っている。以前、山路に見せてもらった携帯の中には甥っ子の画像がたくさん保存されていて、それを山路はまるでわが子のように自慢げに見せてくれた。
「夏樹……」
「ほら、急いで。健太くんでしたっけ? きっと山路さんのこと待ってますよ」
山路に心配をかけないように、夏樹は自分なら大丈夫ですよと、精一杯元気に見えるように明るく振る舞った。
「本当に悪いな。あ、ちゃんと鍵をかけて、知らない人を入れないように。それと……」
「わかってますって」
部屋を出るギリギリまで夏樹のことを心配する山路を強引に部屋から出すと、健太くんによろしくと言って夏樹はドアを閉めた。
遠ざかる山路の足音が完全に聞こえなくなると、夏樹は気が抜けたように玄関ドアに凭れたままズルズルと座り込んでしまった。
久志の部屋は夏樹一人だと広すぎる。
「あ、芹澤さんが来るんだった」
芹澤が来るまでに久志の着替えを準備しないといけない。
夏樹は重い腰を上げると、のろのろと寝室へと向かった。
「何日分用意したらいいんだろ」
大きめのスーツケースに、夏樹が久志の着替えを手際よく詰め込む。
「出張が三泊だから……五日分もあれば大丈夫だよね」
すでに久志以上に久志のクローゼットの中身に詳しくなっている夏樹の手つきには淀みがない。あっという間に五日分の着替えを用意した夏樹は、クローゼットの中でハンガーに掛かっている久志のシャツを一枚手に取った。
「――久志さんのシャツ」
部屋には夏樹しかいないのはわかっていたが、一応周囲を確認する。そして夏樹はおもむろに手にしたシャツを頭から被った。
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