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洗い立てのシャツは、まだ一度も久志は袖を通していない。だが夏樹のサイズよりも二回りくらい大きなシャツを被っていると、何だか久志に包まれているような気分になる。
「久志さん」
久志のシャツの中で、夏樹がうっとりと目を閉じたところで、今度は夏樹の携帯の着信音が鳴った。
静かな部屋で突然鳴り響いた着信音に、ちょっとやましい気分でいた夏樹は異常なくらいに驚き、シャツを被ったままバランスを崩して転んでしまった。
「――くん、松本くん」
夏樹の名前を呼ぶ声が聞こえる。
夏樹がゆっくりと目を開くと、心配そうな顔をした芹澤が夏樹の顔を覗き込んでいた。
「……芹澤さん?」
「よかった。気がつきましたね。大丈夫ですか? 気分が悪くはないですか?」
「はい、大丈夫です」
芹澤がやって来るまでの間に、どうやら寝てしまっていたようだ。慌てて体を起こそうとすると、芹澤が手を貸してくれた。
「すみません、大丈夫……痛っ」
肩と頭に走ったズキンとした痛みに夏樹が顔を顰めた。左肩と、あと頭の左側にも痛みがある。
「どこか痛みますか?」
「左肩と頭が……何で痛いんだろ」
「覚えてないんですか? 松本くん、寝室で倒れていたんですよ」
今から行きますと芹澤が夏樹の携帯に連絡を入れたが応答がないため、合鍵を使って部屋に入ったところ夏樹が寝室で倒れていたそうだ。
「倒れて……? えっと、寝室で久志さんの着替えを用意して、それで俺……」
――久志のシャツを頭から被ってうっとりしていた。
気を失う前の自分の行動を思い出した夏樹の顔色が変わる。
「せっ、芹澤さん!? あの……俺、久志さんの着替えを、それで、えっと……あ」
そういえば、久志のシャツを被っていたはずだ。
夏樹は慌てて自分の頭に手をやった。
「あれ? ない」
頭をぺたぺた触って確かめてみても、布切れ一枚髪に引っ掛かっていない。
「松本くん、もしかしてこれを探しているんですか?」
「えっ?」
きちんと畳まれた白いシャツを芹澤が差し出す。芹澤が手にしているそれは間違いなく、夏樹が被っていたあのシャツだ。
「私が見つけた時、松本くんの頭がこれに包まれていました」
「…………え、あの」
「最初、何か犯罪行為にあなたが巻き込まれたのかと思って焦りましたよ」
芹澤が呆れたようにため息をつく。
「……すみません」
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