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安心して出張に行ってきてくださいと胸を張る夏樹の姿を、はじめてのおつかいに挑戦している我が子を陰から見守る母親ような気持ちで芹澤が見つめる。
「何かあったらすぐに連絡してください。私が繋がらなかったら、山路もいますからね」
小さい子供にするように何度も夏樹に言い聞かせ、芹澤は部屋を出て行った。
※※※※※
「かんぱーい!」
テーブルの上でカチャンと軽やかな音をたててグラス同士がぶつかった。週末ではないが、夕方から夜にさしかかる時間帯の店内はほぼ満席状態だ。
四人がけのテーブル席で夏樹と修一、それに山下の三人がお疲れさまと言いながらグラスを傾けた。
「俺、串揚げが食べたい。夏樹は? 食べたいものあるか?」
向かい側に座った修一が夏樹にメニューを広げて見せる。
「山芋のお好み焼き」
「了解。山下は?」
「僕はあっさりしたのが食べたいな」
「――それじゃあ、冷奴でも頼んどく?」
「任せるよ」
「んじや、お任せで……他にもいくつか頼んどくな」
修一が側を通りがかった店員を呼び止め、メニューを指さしながら注文する。さすが飲み会大好きな修一だけあって、注文ひとつ取るのにしても手慣れている。
夏樹が営業にいた頃は、よくこうやって修一と二人で仕事終わりに居酒屋へ立ち寄ったものだ。
「夏樹、おかわりは? 同じのでいいか?」
「――ん」
夏樹のグラスが空になっているのに気づいた修一が、飲み物も一緒に注文する。
「えっ? 松本くん、もう飲んだの?」
山下が夏樹の空になったグラスと、まだ三分の二は残っている自分のグラスを驚いたように見比べた。
「こいつ、見た目はお子様だけどザルだから。夏樹と同じペースで飲むとえらい目にあうぞ」
「うるさい修一。俺はお子様じゃない」
悪戯っぽく笑いながら夏樹のことを山下へ教える修一を、夏樹が不機嫌そうに睨みつける。
「はいはい、夏樹はお子様じゃあありません。ていうか、今日、機嫌悪くない?」
「……別に」
「ダメもとで飲みに誘ったのに、すぐに来るとか……もしかして、彼氏にほっとかれてるのか?」
変なところで妙に勘の鋭い修一の言葉に、事実を言い当てられた夏樹の顔つきが険しくなる。
「だっ、誰がほっとかれてるんだよ! それに彼氏じゃないって何回も言ってるだろ!」
夏樹が修一へ食ってかかった。
「からかって悪かったよ。ほら、ちょっと落ち着けって」
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