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「授業中から思っていたけど、柿崎一人だと進まないみたいだから一緒にやろうか?」
「は?」
「あ、それだと俺のことが見えないね。そうだこっちに良いものがあるからおいで」
そう言ってつれられた先は美術準備室。
江澤は大きな姿見を持ち出すとその前に俺を座らせる。
そして自分は俺の後ろに座ったのだった。
「これなら俺も柿崎を手伝えるし、柿崎も俺を見れるし一石二鳥でしょ?」
「えっ?」
「ほら、始めよう……」
江澤は俺を抱きかかえるように後ろから腕を回すと、鏡に写る自分を見て俺のスケッチに描きたす。
正直今の俺は鉛筆を握ることはしているが右手は江澤に囚われ、最早自分で描いているとは言えない状況だ。
俺の手を使って江澤が描いていると言うのが正解だと思う。
「柿崎の着眼点は間違ってないよ。でもそうだね、もうちょっと鉛筆を横に寝かせて濃淡をつけるように、こう。分かる?」
「う、うん……」
「そうそう、うまいうまい。でももっとこんな感じで……」
「っ、んっ……」
俺は模写の居残りをする予定だったはずだ。
授業のように江澤を見て描こうと思ったのに……。
しかもこの位置だと、必然的に江澤は俺の耳元でしゃべることになり、声に混じって吐かれる吐息がくすぐったい。
鏡越しに視線が合うのも恥ずかしい。
本来ならば俺が江澤を観察しなければいけないはずなのに、江澤は俺から視線を逸らさずに熱い視線を送ってきている。
鏡の中の俺はそれが恥ずかしくて、顔を赤らめている始末だ。
「……柿崎ちゃんと見て?」
「んっ、ごめっ……」
ちゃんと見れないのは江澤の所為なのに、なぜか謝ってしまう俺。
この異様な空間が俺の正常な判断を取り払っていることは確かだった。
熱い視線に焼かれて死んでしまいそうだ。
そう錯覚するくらい江澤は俺を見ている。
それでも右手はスケッチを進めて行っているんだからすごいと思う。
「ひゃっ……」
「……柿崎がちゃんと見ないからだよ?ほらもっと俺を見て」
「え、江澤っ……」
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