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────口の端に引っ掛けたままの煙草がじりじりと徐々に灰を長くしていく。まだ電車は来ない。────
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あいつの家出てくるときあいつの財布の中身抜いてくりゃよかった。思いつくの遅え。
そういえば俺今まで金とか盗んだことって一度もないってことに気づいた。万引きもしてない。
何でだろ。
ああそうか。
いつも誰かがくれたからだ。俺が本当に困ったときには、いつだって誰かが何かくれたんだ。ガキの頃のあの給食のない長い夏休みに空腹だった時でさえ。俺が悪いやつになる前に、必ず誰かが現れて俺に与えたんだ。
だから、俺の手はまだ白くいられる。
ぽたり、と何かが地面に落ちた気配がした。煙草の灰だろう、と思ったが、煙草を手に取ると灰はまだ長いまま、傾ぎつつも残っていた。
地面を見下ろしてみると、また続けてぱたり、ぱたりと落ちる。 それは雫だった。
「あ……」
泣いてる。頬に手を当てて確かめる。水滴が伝っていた。
今度こそ、灰が落ちた。
何で泣いてんだろ。もうほんと。やってらんね。
アナウンスが響く。どこか遠く、薄幕の向こうから聞こえてくるみたいだ。
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