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仲むつかしく
厚生労働省の発表によると、国民一人ひとりの抱きしめられたさという指数を導入してから、日本の合計特殊出生率は三・七ポイントも上昇したらしい。
法律の施行から五年間でこれだけの成果が出たのだから、抱きしめられたくてもそれを表に出せない人がどれだけ多かったのかを感じさせる。
もちろん、良いことばかりではなくて、あまりにも抱きしめられたさの数値が高い人は交際相手として選ばれにくいという調査結果があるし、抱きしめられたいという受動的な指標を廃止して、もっと能動的な指標を導入すべきだという意見もある。
わたしの場合は前者の典型で、七七・六という東大偏差値並みの抱きしめられたさを頭の上に乗っけているせいで、仕事の用件以外で近寄ってくる人は少ない。
今日のような土曜の午後に飲み食いする友だちは、むかしの同僚のちぃだけだ。
「この数字、どうにかごまかせないものかな」
わたしよりは少しだけ低い、七〇・九の抱きしめられたさを頭に乗せたちぃが、ティーカップを持ち上げながら言った。
くいとあごをあげて、ホットココアを飲み干す。
「バイタルチェックとリンクしてるんだから、無理だよ」
わたしはそう言って、ロイヤルミルクティーに口をつけた。
本当に牛乳で煮出したのかあやしい。
値段相応といったところだろうか。
「いっそのこと、あたしたちふたりで抱きしめ合っちゃおうか」
カップをテーブルの隅に置いて、ちぃがいたずらっぽく言った。
わたしの顔は見ずに、メニューのデザートのページに目を落とす。
あいにく、ふたりとも恋愛対象は男性だと了解しあっている。
「抱きしめるだけ」
ちぃは上目づかいでわたしを見た。
なかなか本気かもしれないと警戒心が湧いた。
本心を言うとき、彼女は一度目をそらしてから、ねだるように私の眼をのぞきこむ。
「一度やってみたら、ふたりとも数字が下がるかもしれないじゃん」
考えてみると、なかなか理にかなっているかもしれないと思った。
先述の調査によると、継続的な婚活をしている人のうち、過去半年間の抱きしめられたさの平均値が五ポイント上がるたびに、二年以内の成婚率が十五パーセント程度下がるのだという。
そして抱きしめられたさが七〇ポイントを超えると、さらに急激に成婚率が下がっていく。
からめ手には見えるが、男性の警戒心を解くためには、ちぃの提案が実は最も直球の道なのかもしれない。
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