3人が本棚に入れています
本棚に追加
ちぃが何も言って欲しくなさそうだったから何も言わなかったのだということを、わたしは彼女に言わなかった。
そのうち良い人が見つかるよとか、本当に結婚したいと思っているのかとか、あきらめちゃったら終わりだよとか、わたしよりも友だちの多いちぃはさんざん言われてきただろう。
「トモが男の子だったらさ」
すんと鼻を鳴らす。
「あたし結婚してたのに」
ちぃはぽつりと言った。
彼女の誘いがただのいたずらな気晴らしなどではなく、真剣な告白だったことに、抱きしめ合ってから気づいてしまった。
応えてやれない切ない気持ちがこみ上げる。
今夜は帰らないといけないなと、気だるくなった身体をわずらわしく思った。
「女の子じゃないよ」
ちぃの真似をして、ぽつりと言った。
「パスポートは何度更新してもMaleだし、契約上もれっきとした男性社員だし」
携帯のバイブが一度だけ音を立てた。
わたしのだか、ちぃのだか知らない。
現実はこんなところにも届く。
わたしとちぃの直面している事実の方が、よっぽど嘘のない現実だというのに。
「でも、こころの中は女の子でしょ」
ちぃはころんと顔をわたしの方へ向けて、真っすぐ眼を見て言った。
わたしの口から完全に可能性をつぶして欲しいのだろう。
確かに、できる限り容姿は女性に近づけてきたし、結婚相手も旦那さんであって欲しいと思う。
「でも、こころが女の子だなんて、そんなバロメータ、どこにもないんだ」
わたしは天井を見上げたまま言った。
「頭の上に浮かんでくれたら、ちゃんと態度を決められるのに」
今度はちぃが黙る番だった。
「わたしって、こっち側にいていいのかな」
言ってしまってから、酷だったなと胸が痛んだ。
桃色に光る七〇・九の数字が、ちぃの頭の上でくるりと回ってみせる。
これだけ抱きしめられたいちぃを気晴らしのつもりで抱きしめたあとに、ちぃよりも抱きしめられたいわたしが彼女に対して可能性を残すなんて、鬼みたいだ。
「こっち側にいていいよ」
ちぃは宙を見上げて言った。
この子は強いなと思った。
女の子に告白されたのは、一度や二度ではない。
最初の交際相手はクラスの女の子だったし、そのあとも、自分が本当にこっち側にいていいのか分からなくなって、女性と付き合ったこともある。
断ったあとや別れたあとに、こっち側にいていいよと言ってくれた人はいなかった。
最初のコメントを投稿しよう!