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蜂蜜色のレンガの狭い通りは夜のひっそりとした闇に包まれていた。
壁に掛かったランプが路地の石段やらひび割れたレンガの柱やら深緑の観葉植物やらを照らしている。
遠くからは酔払いの騒ぎ声。
黄色い月がやけに似合っている。
その路地を一人の少女が走り抜けた。
荒い息。
乳白色の腕。
深紺の絹のような髪。
それが香りを残して走って行った。
酒店の木目看板の下をくぐり、レンガ家の角を曲がる。そこで少女の目に一人の男が写った。
夜のような黒い和服一枚に、腰帯で糸装飾の綺麗な打刀を鞘に納めていた。
今は誰でも良い。
「助けて下さい」
少女はその男の袖を取った。
男は暗い瞳で少女を見つめ、それから彼女の走ってきた路地に目をやった。
油ランプの明かりの向こう、煤けた闇が口を開けている。
「......追われているのか?」
男が尋ねた。
「はい......」
「ついて来なさい」
男は少女の袖を引き、闇に隠れるように別の路地へと入った。
光のない路地を一歩進む度に、少女の心臓は音を立てた。男の手は少女の手より白く雪のように冷たかった。
路地の先は明るい河川通りであった。
男はその桟橋の一つに降りた。
そこには和風の屋形船が一つ、油絵の様な水面に浮いていた。
「お入りなさい」
男がそう言う。
船の中は畳部屋であり、衣装箪笥やら刀装やらが雑多に散らかってあった。
男が和紙提灯に火を灯し、少女は狭い部屋の芯に腰を下ろした。
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