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天平神護の世。
今より千余年昔の事である。
雪の降る晩であった。
一人の赤子が名もない山寺に捨てられた。
珍しい話ではない。
世は誰もが子を育てる事の出来るほど豊かではなかった。貧しい者は我が身を喰らう思いで生きなくてはならなかった。
その赤子はボロ布に包まれ、石段の中頃に、ひっそりと鳴き声もあげず、夜を越し、僧に引き取られた。
さて、十二の年が巡った。
その頃には既に、彼が凡人でない事など誰の目にも明らかであった。
文、和歌、書、画、笛。
そのいかなるを取っても彼に敵う者などその山寺にはいなかった。
僧に好かれそうなものである。
だが、違った。
彼は大の酒好きであった。
安酒を貧民から買っては寺で飲んだ。僧に見つかれば、当然の如く叱られた。
そうすると彼は一時酒を手放すが、二日もすれば何の事はない、また酒を買いに村へ降りて行く。
これには流石の和尚も苦笑を漏らさずにはいられなかった。
加えて、彼は美少年であった。
肌は白く、目は熱っぽい。黒髪は少女のような艶があり、その美しさに寺の誰も髪を剃れと言いえなかった。
二年経って、彼が十四となる頃。
その噂は南都にも知れ渡り、『世を絶つ美少年』と囁かれた。
夜な夜な、彼の部屋には積もる雪のように恋文が投げ入れられた。
彼に欠点があったとすれば、一つは酒好きであった事。もう一つは恋に応じなかった事であろう。
その日、冬空に煙が上がった。
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