ビハインド・ザ・マスクあるいはアブサンの濃碧色の悪夢

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ビハインド・ザ・マスクあるいはアブサンの濃碧色の悪夢

 総務部役員付運転手ならば待機するのも仕事のうちとはいえ、昨日会長付秘書から説明を受けた通り、講演が終わるまでの四時間弱を、国際フォーラム地下三階の駐車場に停めたジャガーの運転席で本当に過ごさなければならないとしたら、そろそろ転職を考えた方が良いかもしれない、と東条圭一はネクタイを直しながら胸の中で呟いた。バックミラーには、ネクタイの捩れは直したものの、唇の端についた薄紫色のクリームを見逃していた三十手前の男の、疲れ切った顔が映っていた。圭一はクリームを腹立たしげに指で掬ったが、それはさきほど空腹に耐えかねて飛びこんだ国際フォーラム一階の、閉店間際のべーグルショップで注文したブルーベリークリームチーズサンドの名残であり、甲高い笑い声や楽しげな気分が飽和した店内の、休日の昼下がりのように弛緩しきった空気を思い出させる味だった。
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