夏の匂い 恋の記憶

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島へ到着し、バスで目的地へ向かう。 窓から見える景色は、山の緑と海の青とのコントラストで美しい。 バスから降りて十分ほど歩くと、母親の実家に到着した。 しかし、そこに家はない。更地が広がっているだけだ。 祖父母が生きている頃は、そこそこ広い家と、小さな池もある立派な庭があった。 池には鯉が優雅に泳いでいて、子供の頃はその鯉を眺めているのが好きだった。 しかし、祖父母の身体がだんだんと思うように動かなくなっていくと、世話が大変ということで、鯉を知人に譲り、池は埋めた。 そして、二人が亡くなり無人となった家は、加速度をつけて痛んでいったこともあり、取り壊されることになった。 こうやって更地になってしまったのを見るのは初めてで、なんだか胸にぽっかりと穴が空いたような気がした。 今は亡き実家をぼんやりと眺め、次に向かいを見る。 古くなってしまっているけれど、手入れの行き届いた家があった。 ここには、母の同級生が住んでいて、私にとっても馴染みのある家だった。 「雪、お墓に行くわよ」 「挨拶していかないの?」 向かいの家を指差し尋ねると、お墓参りの後に顔を出すわ、という返事が返ってくる。 後で、ゆっくり友人との時間を過ごそうという魂胆が見え見えだった。 私は苦笑すると、両親の背を追って、お墓へと足を向けた。
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