灰色イルカ

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 背びれを水面へ出して、電波をキャッチする。  仲間のいない僕にとって、ラジオが唯一の楽しみ。  心地よい自由なリズムの音楽へ、背びれの傾きを変えて周波数を合わせる。背びれの振動が脳へと直に伝わって、沈みがちな心が少し踊る。自然の中にある音楽も好きだけど、あまりに自然すぎて刺激がない。だから、人間の流す音楽を聴く。それだけの刺激があれば十分だ。現実に感じる痛いのも怖いのもごめんだ。  背びれから感じる人間の声は美しい。けれど、直接耳にする人間の声はそうではない。怒りに満ちた低い声で、お腹を空かせたウミドリよりうるさい。しかも時々キィィとする高音の雑音が脳に響いて、それが豪雨の轟音よりも嫌だ。  聞くならラジオの歌がいい。  西の海にいると言うローレライのような声で、楽しい曲や感動的な曲、時には激しく、何か心揺さぶられる曲もある。人間の言葉をすべて理解しているけではないけれど、感情のこもったそれは伝わってくる。  北西から聞こえる声の波は冷たくて、悲しみや怒りが多い。東の島国から聞こえる声の波は、その逆で楽天的で希望に満ち溢れている。そんなものだから、今は東側の海域寄りで回遊魚のようにぐるりと回って、ただただその日が過ぎるのを待っている。  あまりにも、同じところを同じように回っているので、僕の事を貨物船か何かと思っている魚達もいる。まあ、そう思ってもらえる方が、楽なんだけど。
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