第1章 人間界~逢澤颯人~

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……音は、ベランダからしたのだ。 颯人はベランダがある己の右側へと視線を遣る。 青いカーテンがはためいているだけのベランダ。 換気のために少しだけ窓は開けられているが、カーテンは閉めきっている。 ……ただの勘違い。 そう判断した颯人の耳に、再びあのノック音。 コンコン 「…………。」 気のせいでは、ない。 今度は確実にベランダから音がした。 ここが一階であれば、まだ色々な憶測が立てられる。 だが残念なことに、ここは二階であった。 ……泥棒か。 そんな嫌な考えが頭を巡る。 同時に颯人の頭に掠めた四字熟語。 『波乱万丈』。 まさに最も嫌う言葉である。 「…………。」 立ち上がり、そっとベランダへと近付いていく。 茶髪にピアス。 しかも身長が180はある屈強な身体。 この外見を持っている颯人には、変な輩は近付いてこない。 護身用で覚えた格闘技だってある。 すぐに警察へと連絡が出来るよう、ケータイをポケットに仕込んでから、ゆっくりと近付いていった。 ドクドクと鳴る心臓を抑えながら、青いカーテンに手を掛ける。 一度ゆっくりと深呼吸をし、そして。 颯人は一息に、カーテンを開け放った。 そして目の前の光景に、息を呑む。 傾きかけた陽が放つ鮮やかなオレンジ色。 白いベランダの床と、周囲のあらゆる建物を染めるオレンジの景色の中で、佇む黒色の子供。 黒。 まさにその印象。 襟足が長めの髪は、艶を帯びた黒色。 ハイネックにノースリーブのシャツ、ややブカブカのズボンという変わった服も、黒色。 ……ただ一点。 丸みのある可愛らしい顔容に浮かぶ大きな瞳は、猫のように金色に輝いていた。 それすら奇妙なのだが、更に奇妙さを助長させる特徴が三つ。 漆黒の髪からピョコリと生える二つの黒い猫耳。 恐らくお尻のあたりから……だろうか。 ズボンの後ろからユラユラと動くフサフサの黒い尻尾。 そして極めつけは。 背から生える、大きな黒い羽根。 まるでコウモリを連想させるような禍々しそうな物が、視界いっぱいに広げられている。
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