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「……お、ぬし」
「…………。」
「馬鹿にするのも大概にせんか!!わしのこれは本物なのだ!!
ペンギンがトレードマークの激安店にある紛い物と一緒にするでない!!」
「……あー、悪かった。ドンキじゃなくてAm○zonな」
「うむうむ。そーなのだ!
今ならプライム会員だとお得に買えーーって、をいコラ。
人の話を聞かんかい。本物だと言っとるであろーが」
下からむんずと颯人の胸ぐらを掴み、笑顔で額に青筋を浮かべる自称悪魔。
『人の話』ではなく『悪魔の話』だろ、というツッコミは無かったこととする。
しかしドンキだろうがAm○zonだろうが、これらを偽者と判別するにはそう時間はかからない。
猫耳と尻尾はともかく、いくらなんでも羽根までは誤魔化せないに違いないのだ。
「じゃあそれが本物だってんなら、飛べるんだよな?」
「フッ、当然であろう?腰を抜かすでないぞ!」
もはやどうでもよくなってきた颯人がそう問えば、子供は当然とばかりに胸を反らせた。
やがてバサバサと大きな羽根が動き出し、フワリと子供の身体が上昇する。
ベランダの床から1メートルほど離れたところで、子供は得意げにクルリと舞ってみせた。
オレンジの景色の中で、綺麗に黒が微笑む。
……まさか、本当に飛ぶとは思っていなかった。
半ば夢心地で眺める颯人の目の前で、子供は満足げに悪魔らしい高笑いをあげた。
「はーっはっはっ!!驚いたであろう?わしは本物の悪魔なのだ!
この羽根も、耳も、尻尾も!
紛い物ではない!!
わかったらおとなしくーー」
「うるっっさいわよ!!!静かにして!!!」
怒声と共に光の速さで駆け抜ける黒い物体。
ゴイン、という鈍い音と共に、子供悪魔の後頭部にフライパンが直撃した。
ぐらりと揺れた小さな身体は、そのまま颯人目掛けて落下し……
身の危険から、咄嗟に室内に避けた颯人の前で、ベシャリとベランダの床へと突っ伏した。
向かいのオバチャンが不機嫌そうに窓を閉める音がして、静寂。
……オレンジの夕陽の中で、気絶している自称悪魔と、それを見下ろす大学生。
……『波乱万丈』。
本日何度目かのこの言葉が、逢澤颯人の頭にくっきりと浮かんできたという。
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