カルテ1ー2

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「お前、遠慮ってもんを知らないのか」 ボスが向かい側の席から呟いた。 「あと、タンの長いの、と…… エンペラーブリアン!」 「ヤりやがった……」 メニューの影からチラ見してボスの様子を伺う。 口ではそんな事を言う癖に、特に気にしていないのは何時もの事だ。 「遠慮してますよ、お酒飲みませんから」 「へぇ」 「肉食ったら帰りますから」 「そりゃ殊勝だなぁ」 深夜営業の焼肉屋さんってあるようだけど なかなか、無い。 ここに来るのも久しぶりだ。 エンペラーブリアンは酷く高い肉だ。 そして長いタンは50センチくらい。 普通は縦に切るのを横に薄くスライスしてあって 丸めて食べちゃうという変わった代物。 ほんとはビールやら、泡やらと合わせて戴きたい。 が、もう、1時だ。 我慢に我慢をして 「あったかい烏龍茶ください」 「かしこまりました」 ウェイターさんが下がってボスがタバコに火をつける。 「なんだ、なんかあったか」 「は?」 「お前の事は何から何まで分かる」 「……別に何も」 この人のこの千里眼は苦手だ。 「分かるよ」 タバコの煙を吐き出す仕種も、記憶の海溝に繋がる。 ジッと見つめていて、見なきゃ良かった、とも思う。 「どこにホクロがあるかも知ってるし」 ボスこそ、何。 「どこを撫でれば立っていられなくなるかも知ってる」 何が言いたいのさ。 「もう38ですから、昔とは違いますよね、そこら辺」 「そうか?」 「そうですよ」 早速通されたばかりのチャンジャとセンマイ刺しをエゴマの葉で巻きながらガッツリ頬張る。 ああ、美味しい。 ああ、美味しい。 「はい、ボスもどうぞ」 エゴマ巻きをお皿に入れてボスの前に滑らせた。 「ああ」 まだ長いままのタバコを黒い洒落た灰皿に押し付ける。 そんなんなら吸わなきゃいいのに、とさえ思うくらいの勿体無さだ。 ボスは、 既婚者だ。
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