カルテ1ー2

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ボスの車をいつもの場所に見つけてやっとその勢いが収まる。 車を見つけただけだからじゃなくて ボスがそこに立っていたからだ。 「お疲れ様です」 「おー、おつかれ」 この人との付き合いは、もう十何年だ。 私が人でなしだった頃の事を何もかも知ってる人だ。 「どうぞ、お姫様」 ドアをスッと開けて迎えてくれる。 「お姫様って、どんな」 ぷっ、と笑いながら助手席へ滑り込んだ。 シートベルトを閉めていると隣に乗ったボスが言う。 「何食いたいの?」 ボスは意地悪だ。 何食いたいもなにも、"肉足りねぇんだよ"と伝えてあるだろーが。 「何だと思いますか?」 またまた作りたくもない笑顔を作ってボスを見る。 「私の事は何でも分かるっていつも豪語してるじゃないですか、早く連れてってください」 「ズバリ当たったら賞品だせよ」 車が動き出す。 ゆっくりと、滑るように。 全身の力が抜けたのが分かった。 どんだけ気合い入ってたんだ、と思うくらいだ。 あー、僧帽筋が痛い。 要は、肩こりだ。 目を閉じて、次に開けた時にはもう目的地に到着していた。 要は、寝てたんだ。 「望絵」 肩を揺すられたのが分かった。 目がバッと開き口をついて出たセリフにボスが笑う。 「大丈夫、行きます」 「行かなくていいよ」 「……あ」 医局じゃなかった。 「ちゃんと仕事してんなー、感心感心」 ボスがグッと手を伸ばして、私のシートベルトを解除した。 フワリと空気が動いて、ボスの愛用するフレグランスのラストノートが鼻腔に入り込む。 「ほら、行くぞ」 けっこう近い距離で言われて、なんだかんだと記憶の海溝を擽られた。 匂いとか、仕種っていうのは封印していたモノに直結する。 「はい」 六本木……、懐かし。 車を降りて、またその海溝から思い起こすんだ。 「久しぶり」 「そうだな」 ボスの後をついていく私はあの頃と少しも変わっていない。 揺れて、アンバランスな心を虚勢で隠そうとしていたあの頃と。
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