カルテ3ー2

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「あ」 お付きが小さく声を出したと同時に 代表の煙草からジュッと火が消える音がして、ふわ、と一筋の煙が登る。 それは直ぐに空中へと紛れていった。 お付きの顔がみるみる青ざめていく。 「何をしてるんだ、闇医者」 「ここ、禁煙なんだけど。 火事になったら大変だから消しときました。 ……代表」 鞄から取り出したペットボトルの水をかけたのだ。 吸うな、と言って止める相手ではない。 滴り落ちた水は代表の高そうなスーツのスラックスに染み込まれていく。 「それなりの覚悟、できてんだろうな、闇医者」 代表の目がギロリンとこっちに向けられる。 「は?覚悟なんているかしら。 禁煙なんだから煙草の火を消して当然でしょ? じゃあね、代表さん。 あんたもさ、代表なんだから、ルールくらい守りなさいよ。カッコよくないわよ」 クルリと向きを変えて部屋を出る。 ドアが閉まる直前に物凄い笑い声が響いた。 ただ、ピタリとドアが閉まってからは全く聞こえなくなる。 「すっげ、防音……」 設備、整いすぎだし。 「有難う御座いました、有馬先生」 ブレイドさんが後ろにいるのに頭を下げているのが分かるくらい風圧が飛んで来た。 「つまんない、もっとブチ切れるかと思ったのに」 「あははは、なんて人だ、貴女は!」 「だって、なんか性格悪そうだし、あんなのが代表だなんて、白石グループも終わりだね」 的を得すぎていたのか、ちょっと黙ってしまったブレイドさんが話題を変えてくる。 「こちらこそ、大変失礼を申し上げました。 社長が聞いていらっしゃったら、いくらご子息といえど黙ってはいらっしゃらなかったと思います」 やっぱり、あの時のガキんちょか。 「有馬先生の国家試験の成績は社長が調べておいででしたので、先生のお力はじゅうぶん存じ上げています。 申し訳ありませんでした」 「いいよ、気にしてない。 それに彼の言った事は間違ってないし」 そうだ。 私は、医師免許を持たない間からずっと 色んな医療行為を施してきた。 これは医療への冒涜だ。 ……何人が苦しい思いをしたのか、考えたくないくらい、私は闇の時代に人の身体にメスを入れてきた。
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