カルテ4ー2

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家賃も光熱費も一切掛からない。 医者としての順風満帆な歩み出しで 今までの黒時代がスッカリ上塗りされていくようだ。 だからと言って消えるわけでない。 あくまでも、下地があっての、上塗り。 ただ半年前までタンコブの存在だった香川が 無害な存在に変わったのは確か。 好き、とか 愛、とか そんな存在じゃない。 だって、香川は バツイチ 今は既婚者、二人の小さな子供がいる。 この事を知ったのは つい最近だ。 だって、ずっと救命で寝泊まりするくらいだったから独身なんだと思っていたけど それは違ったらしい。 それなのに どうしてこんな事をするのか 分からない。 普段はめちゃめちゃ辛辣な事を言い 叱責も人一倍強い風当たり。 しかも、それが医療行為や技術云々ではなく 人間性に問題があると 院長室に呼び出されたり 家のソファの横で正座させられたり その度に酷い事を浴びせるこの口が! こうして別れ際に私に口付けていく。 私の記憶が確かなら 今までにキスはこの男としかした事がない。 高校に上がった頃 付き合った男子はいたが家庭の事情もあって 続かなかった。 それ以降は、娯楽にも有意義な放課後活動にも無縁でバイトばかりしていたんだから、まぁ、当たり前っちゃ当たり前。 あの白石でさえ、……拒む私には手を出してこなかった。 力づくでどうにでもできただろうに。 「早く寝て、しっかり働けよ」 30秒で消える玄関のライト、そしてそれがまた灯る前に行われる儀式。 不思議な感覚だった。 いや、不思議でもなんでもなく 私も"雌"だという事だ。
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