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「かが」
「気分は?」
カランカランと響く音が既視感のようだ。
私の飲んだ後のコップに冷たすぎる水を注ぎ、ゴクゴクと飲み干す。
それを見て、私は違うものを飲み込んだ。
「気持ち悪いのか」
「い、いえ……」
そうか、と呟きながらソファのへりに頭を預ける。
外に逃げ場はない。
なんせ地上から何十メートルか分からないくらいの高さだ。
かといってバスローブのままで部屋から飛び出す訳にもいかない。
「何やってんだ、スッキリしたなら早く寝ろ」
……どうしてこの男はこんな事をするんだろうか。
私なんかにかかわらなければ
こんなに疲れなくていいのかもしれない。
新宿醫院の長を務めているという事は
毎日何かしらのオペレーションがあるわけで
しかも本業でも院長として名を馳せている香川。
「ほっとけばいいのに……」
ボソッと呟いたにしては大きな独り言だった。
抱えた服を香川の向かいのソファへ投げた。
サイドのスイッチを操作して部屋を暗闇に戻してからベッドへ潜り込む。
また鼓膜を押し上げる拍動がズクズクと膨らんでくる。
なんで私に構うんだろうか。
白石にしたって、香川にしたって
金も力も持ってるこの人たちにしたら
私なんてどうでもいい存在な筈なのに。
ベッドの向こう側が軋んだ。
香川に向けた背中に力が入る。
な、な、な
なに
「有馬」
キュと白いシーツに包まれた布団を握り締めて
息を止めて振り返ると
膝立ちの男がネクタイの結び目に指を入れ
そこを緩めながら囁いた。
「聞きたい事があるなら、聞けよ?」
いつの間にか斜光カーテンは開かれていて
レースのカーテンの隙間から外の光がチラチラと零れている。
香川の顔は逆光線でちょうど隠されていて
身体の線だけが朧気に輝いて浮かぶ。
妙な光景だった。
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