カルテ6

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「今本!舌下ニトロ!」 「は、はいっ!」 「今本!」 「はい!」 今本は勉強不足なのもあるが、同時に経験不足でもある。 医者として独り立ちしたのはいいがまだまた何も出来ない。 例えば、失敗してもいいからヤレ、なんて こんな命最優先の現場ではもっての他。 そんな事を考えても私は恵まれていたなぁ、なんて。 「今本、2回!」 「はいっ」 でも、心筋梗塞の初歩的所見や処置はいい加減に出来ないと困る。 私がじゃなくて、今本が、でもなく、患者が。 「血圧異常ありません」 「りょーかい、今本アスピリン」 「はい」 「そのまま入れるな?」 「あ、そうか、はいっ」 それを砕き始めた今本。 ……私が誰かにこうやって何かを教えながら現場にいるなんて 先生が見たら驚きだわ。 それこそ、化けて出てくるぐらい。 暫くしてバイタルも安定しかかったその時。 意識レベルがみるみる下がり、反応がなくなった。教科書通りの症例だな。 「心肺停止ー、今本圧迫して。 除細動いくよー」 「はい!」 常時、8名は夜勤医師がいる救命センター。 今日はみんながそれぞれに出払っている。 ほんとはもう少しスタッフがいた方が安心なんだろうけど、今本にはイイ経験だ。 「モニター出ました」 「あー、VF(心室細動)だねー、150」 「はい」 「一発目入れます」 一秒を急ぐ現場でも、慌てる必要はなくて 大事な事をひとつずつこなさなきゃならないことを 身をもって知ればイイ。
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