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「白石は、お前を手離す気は無かったそうだが
先生の説得に応じたのは
先の短い先生に敬意を送ったんだろう」
そんな、背景を今ごろ知らされても
さっぱりだ。
「先生はなんで亡くなったんですか」
「悪性リンパ腫だ」
「……そうなんですか」
中身を確認する事ができないまま
手の中にある物を握りしめる。
「お前を"いい医者にしてやってくれ"と言ってた」
初めて知った真実は考えられないくらいの事で。
「まあ、言われなくてもそうするつもりだったが……
とにかくオレはお前が欲しかった
前期研修のわりにはやけに人生知ってる腹の座った女だったからな
興味があったよ」
頭が沈む。
ボスの手がくしゃっとそこを撫でた。
先生と別れる前もそうだ。
初めて頭を撫でられた。
厳しい事しか言われたことがなかったように思ってたけど
ちゃんと誉められた事もある。
"縫うのはお前の方がうまい"
そう言われたから縫いモノが得意になったんだ。
"ちゃんと形を見て想像しろ、それから触れ"
無免許でさらに、臨床も始まっていないペーペーの私に、オペで開いた腹の中を必ず見せてくれた。
あの人のしゃがれた声で何度も落ち着けた。
習うより慣れろ、慣れて掴め
本当にそうだと思ったんだ。
「望絵、お前はいい医者になったよ
人間味が無かった頃が嘘みたいだ」
……それは、余計だ。
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