カルテ6ー2

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懸命の処置は蘇生には届かなかった。 心停止から20分、胎児の娩出から15分。 心拍の回復がないまま続けてきた措置。 「有馬さん」 「うるさい」 「有馬さん!」 陣内が私を患者から引き離すと モニターに流れる波線がフラットを貫く。 陣内が腕時計で時間を確認する。 「午前1時32分、死亡確認」 「……はい」 「陣内っ!!」 周りでポツリポツリとスタッフの声がした。 いくら生物学的には死を迎えていても 蘇生の間は、酸素が流され、少しでも体液の流動があればまだ患者は生きているとされる。 やめてしまった、そこで本当に終わりなんだ。 「有馬さん」 諭すようなその声が、当たり前の事をしているにもかかわらず、酷くイライラさせた。 私の気持ちのなかに、後5分続けたら 動き出すかもしれない、って…… 諦めの悪さがあるからだ。 ……かつては5時間続けた事もあった。 ムダなんだと、どこかで分かっていても そうした事があったんだ。 「……分かったから、離して 家族んとこ、行くから」 シン、とした処置室。 「陣内、患者さん頼んだ……」 「分かりました」 やっと、私を解放した陣内。 血にまみれた手袋を捨てる。 汗で色の変わった術着だって、あちこちに血が付いてはいたがこれを脱ぐことは流石にできない。 「有馬先生」 額と鼻の頭の汗をガーゼで拭ってくれたのは、今本だった。 「有難う、今本」 「はい」 この子も、少しずつ変わってきた。 あの時からだ。 救命にいるんだから、きっと他よりたくさんの症例を目の当たりにできる、それが凄い事なんだ、と 気付いたのかもしれない。 処置室のカーテンを引き、いつもは小気味よく鳴るレールの音が今日は頼りなく聞こえた。
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