カルテ6ー2

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「ね、陣内」 「何ですか、有馬さん」 グレープフルーツの酸味は唾液腺を刺激する。 きゅっ、と詰まった耳の下の部分が痛い。 よく考えるとこれも見事な反射だ。 「あんた、ここに来る前どこにいたの?」 王が"ンガガ"と鼻を鳴らした。 ちっ、と睨んでもだらしなく開いた口許からは ほんときったない、ヨダレ。 「フツーのビョーインでしたよ?」 「フツーってどんなよ、救命じゃなかったんでしょ?」 「フツーの外科」 ……ボスの気持ちが分かったような気がした。 フツーの、って何をもってして普通なのか。 私が、よくボスに言ってたのは "今まで回った所で見て覚えました" んな訳ねーじゃん、ってな。 それとおんなじだ。 「有馬さんこそ、どこにいたんですか」 「私?あぁ、私も救命じゃなかったなぁ。 大学付きの附属、後はねボスんところにもいたし…… ここの前は総合病院でオペばっかしてたわよ」 じゅる、と音を立てたパックが空気を吸い出されてへっこんだ。 「ふぅん、意外ですね」 「そう?」 「そんな型に填まった経緯には見えない」 「そりゃ、そのまま返すわ、陣内」 「オレも似たようなもんですよ」 「……」 まだシラを切るか。 言いたかったけど、本当なのかもしれない。 たまに、いるんだよね。 天才。 私も今までに何人か見た事がある。 先生と 先輩と 陣内。 先生は言わずと知れた無免許医。 先輩は大学院時代の強者だった。 今はどっか海外のERの一線で張ってる(らしい)。 陣内は…… なんで私のことなんかが"好き"なんだろうか。 40女なんて相手にしなくても コイツなら他にどうとでも出来る筈。
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