カルテ6ー2

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************ 『意識障害の妊婦、受け入れお願いします!』 季節がじめじめとした嫌な長雨の時期に入った頃の深夜過ぎ、ホットラインが入る。 陣内と私はちょうどオペ上がりで医局に戻ってきたばかりだった。 今日は昼から立て続けに救急搬送が続いて どこの科も大忙し。 かくいう救命もドクターたちがあれやこれやでまだ騒がしくしている。 「有馬先生、いける?」 主任が向こうの処置室から大きな声を張り上げる。 「はーい」 私が答えたと同時に妊婦の様子がホットラインで流された。 就寝中に頭痛を訴えた後、昏睡状態。 出産予定日は2週間後だという。 「陣内」 いつものクソミソ真面目腐った顔で頷き 眼鏡のレンズをミラーのように反射させると 「カイザー(帝王切開)用意」 周りでメモを取りながら準備を進めるナースに言う。 「ここで開腹する」 「はい!」 『呼吸停止!人工呼吸始めます!』 「頚動脈触れるかみてください」 私の問いかけに暫くして返事が返ってきた。 『触れます!』 心停止にならなければ、と祈りながら 救急車の到着を待った。 「救急隊が心マしてたら、ここで開腹するよ!」 「はい!」 母体の心停止における帝王切開(死戦期帝王切開)で胎児が助かる確立はなかなか際どいものがある。 しかもだ。 「経験者は?」 ナースたちをぐるりと見回してもみんな首を振る。 「陣内は」 「まあ、なんとか。有馬さんは?」 まぁ、なんとかって、なに? どっちな訳? 「私は大丈夫……でも、心停止じゃないことを祈るわ」 「そうですね」 みんなが心停止の母体からの帝王切開を経験した事がないその理由は たくさんの蘇生措置等をしつつ、心停止5分以内に緊急カイザーで児を出す、というのは実際とても難しいからだ。 「新生児科も呼んでー」 「連絡済みです!」 そして、祈りは虚しいモノとなる。 『呼吸停止、瞳孔散大!!心停止、心マ開始します!!!』 それは、病院到着間際の事だった。
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